スイス出身のヨハネス・イッテン Johannes Itten (1888-1967) は若くから教員の職に就き、絵画学校の開設なども行った著名な教育者、理論家であり芸術家です。1919年頃にバウハウスに招聘されたのちは独自の色彩論を展開し、その理論は絵画のみならず当時から今日までのデザイン教育においても有用なものとなっています。
目次
イッテンの12色環
イッテンの考えた色相環は12色であり、表色系では著名な100色あるマンセル・カラーシステムや、24色であるオストワルトの表色系とは異なっています。イッテンの色環では、「調和」は色料混合によってもたらされるとし、絵具を用いた芸術に有用な理論であると説明しています。また、色環内の補色関係(対角線にある色同士)が、混ざるとグレイになるように配置されていることを特徴としました。
グレイは、最も彩度の高い純色であるイエロー、レッド、ブルーが適切な割合で混合されるとできる色で、生理学者エワルド・へ―リングによると人間の眼の視神経に平衡状態をもたらすとしていて、上記の三つの純色が適度に配合されていることを「調和」としています。イッテンの色相環ではブルーの補色としてオレンジが対位されていて、これはオストワルト表色系でブルーにイエローが対位されている(混ぜるとグリーンになる)こととの明確な違いです。
人間の眼の『同時対比』
イッテンの色相環では混色または色の総合としてのグレイに重点をおいています。無彩色のニュートラルグレイは、眼が色相に刺激されないため、人の目に均衡状態をつくるとしています。
そしてグレイと色を組み合わせると、人間の眼が持つ色を補正、補填する特質によって『同時対比』という現象がおこります。
背景色に対して、同じ明度のニュートラルグレイを置くとレッドの中のグレイは緑がかったグレイに見え、グリーンの中のグレイは赤みがかったグレイに見えます。
このことからも、少なからず補色の関係というのは目を満足させる調和を創り出すことに必要ということが分かります。
7つの色彩対比
イッテンが示した基本的な色彩の対比は、同時対比を含めて7つあり、
①白や黒を混ぜない純色同士の『色相対比』
②白や黒を混ぜた『明暗対比』
③温度感覚にならった『寒暖対比』
④色相環の正反対の位置の『補色対比』
⑤グレイを混ぜて彩度を落とした『彩度対比』
⑥明度の違いをふまえた面積のバランスによる『面積対比』
⑦『同時対比』(先述)
これらの対比はそれぞれ、著書で詳細に説明されています。↓
色相環に基づいた色彩調和
さらに基本的な色彩対比の関係から発展して、色を色環上で幾何形体状に結びつけることで、2色調和(ダイアッド)3色調和(トライアド)4色調和(テトラッド)という概念が色彩論で示されています。
イッテンが挙げた画家の色彩対比
色相対比
16世紀の画家マティアス・グリューネヴァルト(1475-1528)の『イーゼンハイムの祭壇画 第二面右翼側 復活』(1515)は超世俗的雰囲気を色相対比(イエロー、レッド、ブルー)を用いて創り出しています。
ボッティチェリの作品では色相対比と、印象的な赤い布を引き立てる緑の補色対比。
同時対比
エル・グレコの作品のグレイは赤青黄の色相対比を繋ぐ役割をしています。
明暗対比
スルバランの静物作品においては元来明度の高いイエローと、ブラックが鋭い明暗対比を生み出します。
寒暖対比
モネの作品では、大気の冷たさと太陽光の暖かさがあります。
補色対比
セザンヌ作品のブルーとオレンジは互いを引き立てあい、かつ調和しています。
彩度対比
クレーの作品では、レッド-オレンジやグリーンの彩度が、多様に変化しています。
イッテンは、光の原理を明らかにした先達の色彩論を踏まえながら、芸術家としての色彩論を唱えました。画家の色彩に対する天性の感覚を認めつつ、色彩が人にもたらす効果を丹念に検証することで、「色のマジック」を一般に解釈可能な次元にまで解き明かした功績があります。
参考文献:『色彩論』ヨハネス・イッテン著 大智 浩訳 美術出版社 1971(初版)
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