抽象画とはなにか?その4 アメリカ抽象表現主義へ【20世紀】【ざっくり美術史11】

20世紀

上 ジャクソン・ポロック作『No.5』1948

 前の記事では、批評家クレメント・グリーンバーグの絵画論に触れました。今回はグリーンバーグが擁護したアメリカの抽象表現主義までの流れを書きます。

ピカソの絵画

 

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 20世紀初め、ピカソ(1881-1973)はセザンヌの実存的な描き方(記事)を多視点のキュビズムへ昇華し、後には自身の作風も多様に変化させました。その作品は、芸術の歴史文脈をふまえた抵抗と破壊を含むアヴァンギャルド性と、エドゥアール・マネ以来、二次元という絵画の特質に着眼したモダニズム性を併せ持っていると言えます。ピカソの作品には強い独自性がありながら流行への感性と、難解さを持っています。

キュビスムからの離脱を目論むアメリカ絵画

 後期印象派のセザンヌの考えである「自然を、円筒形、球形、円錐形によって扱う」ことを端緒とした、ピカソ、ブラックの推し進める解体多視点による分析的キュビスムは大きな影響力を持ちましたし、

ジョルジュ・ブラック作『エスタックの家』1908

他の芸術(彫刻や写真)が成しえない空間表現、構成によりキュビズムは世界的に流行しました。直線や曲線の自由度に加え、若干の陰影を描くことによって古典絵画とは異なる浅いレリーフ状の空間と、のちの総合的キュビズムのコラージュによって、ピカソらは「新しい平面絵画」「抽象画」を創り出したのです。

 アメリカではキュビズムの影響の中で、独自の絵画、新しい空間の絵画構築が試みられました。アメリカ抽象表現主義の代表格のウィレム・デ・クーニング(1904-1997)の絵画は、厚く乱雑な絵具の塗りによる物質的な絵具の凹凸と、混色による微細なグラデーションによって浅い空間のイリュージョンを生み出すことを鑑賞者に示しました。ドイツから移住したハンス・ホフマン(1880-1966)はキュビズムと特にマティスの色彩(フォービズム)の影響を受けながら、色彩の対比を用い独自の空間を持つ幾何形体の抽象画を残すとともにアメリカの芸術の教育者としても活躍しました。

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ウィレム・デ・クーニング

ハンス・ホフマン作『ザ・ゲート』1959-60

ジャクソン・ポロックの絵画

ジャクソン・ポロック作『No.5』1948

 ジャクソン・ポロック(1912-1956)はキュビズム、シュルレアリズムに大きく影響を受けながら、ドロッピング(ポーリング)絵画を描きました。

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 シュルレアリズムはジークムント・フロイトの精神分析等に基づいたフランス発の芸術運動で、中でも無意識に着目した自動記述(オートマティズム)がポロックの絵具を垂らす絵画の源泉なのです。この思い思いに絵具を垂らしこむ技法は無意識と意識下のコントロールの狭間にあり、別の批評家ハロルド・ローゼンバーグはこれをアクション・ペインティングと呼び、「行為」の芸術として価値づけました。なお、フランスでのオートマティズムの画家はアンドレ・マッソン(1896-1987)が有名です。

 グリーンバーグは、ポロックのドリッピング絵画に、デ・クーニング的な浅い空間の発現と「オールオーヴァー性」を見、支持しました。オールオーヴァーであるとは、旧来のイーゼル絵画(壁掛けの絵画)でなく壁画のような大規模さがあり、ある種の均質性を持っているという事です。これは詳細な図像を描かずに超越的な感覚を想起させる「場」(フィールド)となり、のちのグリーンバーグの云うカラーフィールド・ペインティングバーネット・ニューマンマーク・ロスコフランク・ステラ)へと繋がってゆきます。 Embed from Getty Images

マーク・ロスコ

 ジャクソン・ポロックの、アクション・ペインティングの側面は、パフォーマンス・アートに繋がっていきますが、純粋な抽象画としての道はこのあたりで完成を見た感じがあります。キュビズムや壁掛けの再現的な絵画を脱したポード絵画とカラーフィールドペインティングは、平面においてのある種の到達点なのです。

 ところで、いったん完成を迎えた平面絵画に対立する動きは、ネオダダという60年代の芸術運動やその中のロバート・ラウシェンバーグ(1925-2008)作品に顕著に現れます。そこには総合的キュビズムからのコラージュ、デュシャン的なオブジェ性、キッチュ性(大衆性)を見ることができ、悉くグリーンバーグの論とは反目しています。キッチュ性はポップアートの源泉でもあり、それが後の現代アメリカ芸術を形作っていきます。

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ロバート・ラウシェンバーグ

【参考文献】 グリーンバーグ批評選集 クレメント・グリーンバーグ著 藤枝晃雄訳 2005 勁草書房

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